オーストリア人視察団とのお仕事

昨日は、オーストリア大使館からの依頼で通訳のお仕事をしました。
鹿児島大学農学部で、オーストリアからのお客様たちを迎え、林業に携わる人たちの教育について情報・意見交換があったのです。ちょっと長くなりますが、その報告をします。


<昨日のプログラム>
1. 鹿児島大学にて事例発表(オーストリアの教育・研修制度および鹿児島大学の取組み)
2. 意見交換
3.仙厳円見学(旧島津邸の庭園とスギ・ヒノキを使った伝統家屋の見学)
4.スギ人工林見学(主伐、間伐、造林の現場)
5.原木市場見学

というわけで、朝8時スタートでもりだくさんでした!ドイツ語はドイツ語でも、オーストリア人だし、林業はあんまり現状を知らないから大丈夫かなぁ、と少し不安でしたが、私たちが住んでいたミュンヘンはドイツの南でオーストリアにも近いし、前日のにわか勉強が役に立って、どうにか満足のいく仕事ができました。こちらが視察団。大使館からも2名同行し、結構な人数です。


まずはご挨拶。来日されたのは、教育関係者の4名(ウィーンにある土壌科学大学の教授、林業技術者を育てる高校の校長先生、技術者のスキルアップ研修施設の職員2名)と、行政関係者。日本の農林水産省に当たると思うのですが、その名前がスゴイ。「農林環境水資源管理省」。もうこれだけで物語っている気がしました。オーストリアは内陸にあるので、漁業はほとんどありません。農業と林業を管理する省庁は、同時に環境と水資源にも責任がある、という認識が見て取れるからです。ちなみにドイツでは、同じく農林業に関わる省庁名に「消費者保護」がついています。消費者や労働者の声が非常に強いお国柄を表していますよね。


挨拶に続く事例報告によると、オーストリアは、国土の約半分(48%)が森林で、その約半分が私有林。さらにその半分は、5ヘクタール未満の小さな所有形態。というわけで、管理も大変だし、森林所有者の合意形成も大変だとのこと。日本と変わりません。ドイツに比べて山が急峻なのも日本と似ているようでした。そんな不利な条件にも関わらず、オーストリアは昔から木材の輸出大国。外貨を稼げる資源が、木材しかなかったから、と言っていましたが、林業が主要産業であり続けているその秘訣は・・・。ズバリ、「道路網と教育」!明確な答えでした。条件が不利なので、いかに最短距離で加工場(製材所)まで運べるか、ということを、綿密に計算して林道を整備してきたのだそう。そこまでのコストさえ抑えれば、あとは品質を確保すれば競争力がつく、と。それだけ簡単に言い切られてしまうと、日本がこれからやるべきことはとってもはっきりしている気がしてきました。


過去20年くらい、日本は国産の材木をなるべく使わずに来た。それは、「待てば値段が上がるはず」という期待と、森林は環境保全のために必要(だから使ってはいけない)というような思い込みがあったからです。と、鹿児島大学の先生がおっしゃっていました。そしてここ数年、戦後に植えた木がそれなりに育ってきたので、いきなり「使おう!」といって切ったものの、運び出す道路はあまり整備されていないわ、製材所は老朽化しているわ、せっかく切ったのに木材の価格が大暴落してしまった今年。林業者も製材業者も瀕死の状況なのです。


オーストリアからの視察団は「森を計画的に管理して使い続けることで、環境が保全される。大切なのは使うこと」というメッセージを残してくれました。教育についても、明確でした。「いい人材がいないと計画的な林業ができない。現場にもいい人材がいないと作業効率があがらない。だから教育(研修を含む)をするんだ」と。制度や文化の違いはもちろんありますが、この2点(使い続けることといい教育)は、普遍的なものかなぁと感じました。


鹿児島大学での情報・意見交換が終わると、旧島津藩の庭園や別邸が保存されている仙厳園へ。伝統的な家屋を見てもらいました。「壁は?」との質問に「ありません」と私。キョトンと不思議そうな顔をされたので笑ってしまいました。日本の夏がいかに蒸し暑いか、湿度がいかに高いかを説明し、風通しの大切さを分かってもらいました。私もこんな感じの家に住んでいます、と言ったら質問攻めに合いました(笑)。


昼食の後は、山へ。さぁいよいよ現場です。視察団の目がキラキラ。聞きたいことだらけな様子が伝わってきます。



見せてもらったのは、主伐後(まとまった面積の木を全て切った状態)の現場、切った後に造林した現場、間伐しながらメインの木を育てている現場、の3箇所。斜面の急さは、あまりオーストリアと変わらないそうです。そして、視察団からの質問を通じて分かった事は丸太の買取価格は日本もオーストリアもあまり変わらないと言うことと、造林した後の管理の手間が日本は非常に多いこと(オーストリアより温暖なので下草と呼ばれる雑草を6年間も刈り続けなければならない)。違いは、搬出コストがオーストリアの方がずっと安い事と、オーストリアの方が雨量がずっと少ない(1/6程度)ので、作業道をつくる費用が安く済むということ。でも、大きな違いはそれくらいなものだった、というのは発見でした。これは去年植林した苗木。草に負けないよう、周りの草を年に2回刈るそうです。


最後に、原木の市場に行きました。いくつかの森林組合が共同で作ったという市場で、1つの森林組合からいろんな太さや長さの丸太が出てくるので、1本1本だと取引しにくいという事態を避けるため、買い手が同じような質の丸太をまとめて買えるようにつくった市場なのだそうです。山から運び込まれた丸太が長いレールの上に乗せられて、太さや長さによって仕分けられていきます。大きな丸太がゴロゴロと仕分けられる様子は圧巻。


ただ、市場での管理があまりにローテクなので、視察団の皆さんはびっくりしていました。紙に搬入者の名前を書いて木にピン止めするする、という方法です。あのハイテク日本で、こんなにローテクな管理をしていたら、生産コストは抑えられないよ!ですって。ごもっとも。オーストリアやドイツでは、搬入される材木については搬入前にすでにデータが山から送られてきて、分刻みで加工に回されるのだそう。オートメーション化することで、人件費をぐっと抑えているとのことでした。何もかもを補助金に頼ろうなんて、農業者も林業者も思っていませんが、自助努力ではどうしようもないところは是非みんなで支えてほしいなと思いました。例えば、人件費削減にはつながるけれど、投資額が大きいものなどの支援。それから、大企業ならともかく、小さな経営体では職員を研修に出してしまうと、その間の労働力が減ってしまうので、それを補う支援。などかな?


林業が立ち行かなくなったとき、本当に困るのは私たち農林業者よりもむしろ消費者ではないでしょうか。私たちはもしかしたら失業手当や生活保護をもらえるかもしれない。でも、私たちが農林業をやめたら、田畑や山が果たしていた沢山の役目は失われます。それがひいては、都市住民の暮らしを脅かすことになる。できれば安くすませて、他に欲しいものを買ったり、旅行にいったりしたい気持ちは当然です。でも、安さを優先することで、国内の農林業が続けられなくなったとき、さてどうなるのか、ということを、もっと身近な問題として考えてもらえたらなぁ、と帰りの道すがら思いました。ちょっと真面目な内容でしたが、「百笑生活」は能天気な日々ばかりではありませんよ、ってことで(笑)。たまには考えることだってあるんです、はい。仕事とはいえ、とても勉強になった1日でした。