子供合宿2014

今年で4回目となった夏休みの子供合宿。東京から2人、横浜から2人、熊本市内から2人の、小学生6人が参加して賑やかで楽しい5日間でした。ボリュームのある記事になりますが、最後に感動エピソードありなので、ご一読ください。


空港に子供たちだけでたどり着いた4人を出迎え、熊本組は我が家で集合。初日の晩にさっそくバーベキューをしました。10代以下が13人。20代が7人。30代以上が2人のバーベキューは、あいにく途中で雨に降られましたが、それぞれの年代でおおいに盛り上がりました\(^o^)/



全体的に天候がイマイチだったのですが、子供たちはどんな天候でも楽しいこといっぱい。たとえば映画鑑賞。毎年、雨の日プログラムとして、ジブリ映画を1本ずつ見ています。今年は「もののけ姫」。森の近くだし、イノシシの話も身近な中で、子供たちの心に一味違うひびき方をすることでしょう。



映画の後、室内プールに行ったのですが、道中の景色がこれ!映画「もののけ姫」を観たことがある方なら、この景色を見たら、死にかけた山々が息を吹き返すラストシーンが浮かぶのではないでしょうか。神々が住んでいたと言われる阿蘇。やはりここの景色はただもんじゃない。この景色。この草原。守っていきたいと改めて思いました。


合宿中に誕生日だった子がいたので、お祝いしました。お隣さんがケーキ名人なので、お願いしました。ローソクを買い忘れて、能登で買ってきた和ローソク(笑)何はともあれおめでとう!「私(僕)も誕生日の時に来たい」という子が続出しました。


合宿中、1日だけ真夏日がありました。流しソーメンproduced byキッズ。私はソーメンをゆでただけでした。 竹を選んで切り出し、割って、節をとって、角度をつけて設置して。大人は写真をとるだけ(笑)たくましいね、たいしたもんだ。約2キロのソーメンゆでました♪



ソーメンでお腹が満たされた後はみんなで農作業。農業女子と呼ばれるのに抵抗感があるのですご、これは正しく「農業女子」です(^o^)


まずは長男によるヒエの取り方の解説があった後、みんなで田んぼに入りました。

あった!こっちも!と最初は熱心に手伝ってくれていたのですが、気づいたらかくれんぼが始まってる(^_^;) 

この写真のどこかに近所の子たちを含む10人が潜んでいるはずなのですが、ぜったい分からないです(笑)


稲は倒さない、という鉄則の下、隠れながら稲の根本で虫や草を見つけたり、稲の葉っぱで指が切れることを知ったりした都会の子たち。お米を買ってくれているご家族のお子さんが2人来ているのですが、こんな所で作られているってことを知ってもらえて良かったです。田んぼは荒らされたくない。でも楽しく遊んだ田んぼでできたお米となれば、美味しさも変わるはず。何より、幼少期に田畑で遊んだ、という経験は、どんな素晴らしい先生でも教えられない「何か」を子供たちに教えている気がしてなりません。


雨でも楽しめる高森町のビジターセンターにも行きました。枝や木の実を使ったクラフトを楽しみました♪


最終日の午後は、予報に反して晴れ間の覗いてラッキー。滝や水源巡りをしました(^o^)雨のため水かさが増して轟々と流れ落ちる数鹿流滝は迫力満点。実は初めて近くまで見に行きました。


次に南阿蘇の水源を4個所まわって水の飲み比べ。子供たちは一生懸命、味の違いを感じようとしていました。もちろん水遊びも♪理想的な最終日となりました。


最終日の夜はもちろん花火。怪我や病気や大きな争いもなく、楽しい合宿でした。



ところで、子供合宿で「変化した」参加者についてのエピソードです。


子供合宿2014の参加者は6人中5人がリピーター。彼、彼女たちは、毎年阿蘇に来ることを楽しみにしていて、「今年はいついっていい?」と電話がかかってきます(笑)大変ではあるのですが、子供から直接そんなことを言われたらやるしかないです。そんなわけで、勝手知ったる子供たちに劇的な変化はありませんでした。誰かから決められたことをするのではなく、子供同士で遊びやルールを決めて自由に過ごす。それが我が家の子供合宿です。大人は見守るだけ。子供たちは今年も、去年と同じようにメッチャ楽しそうだった。それだけのこと。

今年、一番大きな「変化」をとげたのは、4日間で一度も触れなかった東京の大学生でした。昨年の合宿は日程が合わず、今年こそ、と志願して子供合宿のお手伝いにやってきたのです。

教育番組の優しいお兄さん的な雰囲気をかもしだす彼は、子供とは遊べても大人と会話ができないことに初日から気づきました。私と話すときは、いつも「すみません」から。そんなに怖いですかねぇ、私?(笑)何かに怯えているような、自信のなさそうな言動。大学4年生だというのに、就職も進学もしない。
阿蘇まで来た行動力はすごいと思うけど、彼はいったい何を求めて来たのか分からない。

そこで、合宿中、子供たちが寝た後に彼のカウンセリングタイムをもうけました。元来、おせっかいな性格なんでしょう。放っておけなくて。

それで分かったこと。仙台出身の早稲田大学生である彼は、3・11に仙台にいて、地震津波に見舞われたこと。それがトラウマとなって、2年間毎日泣き暮らしていたこと。それまで勉強していた環境の勉強が、なんだか腑に落ちなくなってきたこと。子供が好きで、子供たちに自然の中で遊ばせることを仕事にしたいが、具体的な方法やビジョンがなかなか見つからない。要約するとそんな感じでした。ショックでした。

多感な青年が、あの震災によって歩みを止めたまま前に進めずにいる。でも自分でも何とかしたいから阿蘇まで思い切ってやってきた。そんな青年が目の前にいるのです。

私は、「伝えること」の大切さを彼に伝えました。合宿が終わる前に、子供たちの前で、子供たちに分かるように、自分の状況や思いを伝えてごらん、と。
遊び盛りの子供たちはそんなに長く聞いていられないから、私と話したことを
1/6くらいに縮めて、具体的にして、分かりやすくして、と。

そして彼が話をする時が来ました。
子供たちに召集をかけ、彼の話を聞いて欲しいとお願いしました。
自信がなさそうに、でもとても分かりやすい言葉を使って、自分があの震災で感じたことや、いまこの先どうしようか迷っていることを10分程で話しました。「歩」という自分の名前は、どんな時でも歩み続けるためにつけられたもの。20歳を過ぎて大人になっても
こんなに迷ってるけど、でも一歩ずつでも歩んでいきたい、と締めました。

私は子供たちに感想や質問を求めました。すると、出てくる、出てくる。
津波はどんなでしたか?」「壊れた体育館を見てどう思いましたか?」
「どんな学校(幼稚園?)をつくりたいんですか」等々。1人1言ずつどころか、次々と。彼の目が変わり始めました。子供たちが真剣に聞いてくれた上に、まっすぐな質問をぶつけてくる。
迷っていられない、答えなければ!というスイッチが入ったのでしょう。声もしっかりと、そしてみんなの目を見ながら一つ一つの質問に答えていく姿を見て、迷いが取れていく瞬間に立ち会えた感じでした。あのスイッチは、大人じゃきっと入れられなかったことでしょう。
彼がこの先どんな人生を送るとしても、今年の夏、阿蘇で、子供たちから受けたストレートパンチは、きっと効いてくるはず。ノックダウンされずに、ストレートパンチを受けて立ち続けた彼。
震災で受けたダメージからゆっくりとでもいいから立ち直って、そして子供たちの良きリーダーになってくれたらいいなと願ってやみません。

感慨深い合宿となりました。長文失礼しました。